Story1

城と言っても豪奢な壁に四方を囲まれた荘厳な物とは限らない。ギラン西部の閑静な住宅地に一軒の武器屋がある。その武器屋が彼の城だ。多くの冒険者がここを訪れ、何がしかの武具を売り払い、何がしかの武具を買い求める。その城は幾分街の中心部から外れ、しかも道筋を案内する看板も無いから訪れる客自体も少ない。
この街には武器屋が二軒あり、繁盛しているのは中心部に近い防具屋の方だ。こちらはどこと交易をするのかは知らないがドワーフ達の持つ盾を高額で買い取る事で有名だ。一日その店の前で待てば、荒縄でふん縛った円形の盾を何枚も持ち込む冒険者たちを数多く見る事が出来るだろう。

話が逸れた。繁盛していない武器屋の話に戻そう。
彼の店があまり繁盛しない理由は幾つかある。数え切れないくらいだ。
最も大きな理由は品揃えの少なさと、中心部から外れたその立地条件にある。ここで販売されている武器はそれほど特徴的ではないし、なにしろギランは広いのだ。途方も無く。(初めて来た冒険者は必ずその街中で迷子になると言う) 武器屋に向かう途中で迷子になり、魔法の力を借りて街の中心に戻る者も居る。迷っている最中に妖怪のような老婆に会ったり、頭のおかしい若者に会ったり、泥棒に出くわす事もある。
そんな閑静な、流行っていない、どうしようもない武器屋に定期的に訪れる風変わりな客が居た。
彼はかなりユニークな格好をしている。
経験を積んだ多くの剣士は軽量で丈夫なエルフの盾を背負い、鉄の篭手、鉄の靴、エルフの鎖帷子に騎士の兜を身に付けている。手にする武器は東洋の剣をアレンジした物が多い。多少意匠は異なるが、多くの場合この装備が最も都合がいいのだ。熟達の剣士はこの装備に魔法で強化を図り、強度を数倍に高めて使用している。これが普通の様相だ。
彼の盾は方形の…円筒を切り取ったような形をしていた。その表面には呪い師が使うようなYの字のルーンが大きく刻まれている。
彼の剣は古びた皮の鞘に収められている。真っ直ぐな刀身には油を引いたような文様が浮かんでおり、奇妙な事に鍔、柄、柄頭は全て鉄。どうやら刀身以外は全て他の古い武器から取り外された部品のようである。古い部品は既に黒ずんでいて、数々の戦いの経験がいくつもの傷によって証明されていた。その剣の柄に古びた革の滑り止めが荒々しく巻かれ、柄頭には下向きの剣のルーン(†)を模した銀の文様が刻まれている。
この剣は一般に「ダマスカス剣」と呼ばれるもので、石すら切り離し、硬い甲羅を持つ化け物を殺しても一切傷がつかないという特殊な剣である。別にここでしか売られていない剣ではないのだが、彼は定期的にこの店を訪れ、損傷しないこの武器を何度も買い求める。

奇妙な話だ。
見たところこの剣士はそれほど経験が浅い訳でもないようである。何者かに襲われて剣を盗まれる事もあるまい。
また、この剣は壊れないのだ。それだけはアインハザードに誓ってもいい。魔法でもなければ絶対に壊れない。しかしこの剣士はいつも決まってこの剣を買い求める。落としもしなければ壊れもしない…なのにこの剣士はいつもダマスカス剣を買い求める。
しかも念入りな事に、剣を買い求める時はいつも奇妙な注文を付けるのだ。
「鍔、柄、柄頭全て鉄、鹿の皮で滑り止めを巻き、柄頭には下向きの剣のルーンを」
今では鍛冶屋に彼専用の鍔、柄、柄頭を作らせる始末。恐らくこの半年で売り捌いたダマスカス剣の1割は彼の特注になるだろう。
閑静な店の中でぼんやりとつまらない思索にふける。
ある種の天啓を受けた店主は、店の傍らに積んである鹿のなめし皮をカウンターの下におき、特注の柄に丁寧に巻きつけ始めた。
そうだ、今度彼が来たらなめし皮の取替えを口実に何で全て鉄で無ければならないのかを聞いて見よう。

2-3日の後、彼は店にやって来た。
彼の立ち振る舞いは非常に神経質である。
まず、店に入る。眼だけを左右に動かし、中の様子を確認する。
ぶつぶつと何かをささやいた後、真っ直ぐカウンターにやってくる。そして自分の剣をカウンターに置いて一言。
「鍔、柄、柄頭全て鉄、鹿の皮で滑り止めを巻き、柄頭には下向きの剣のルーンを」
既に右手は左の腰の革袋をつかみ、5000アデナの重さを確認している。
何でまたこいつは判で押したように同じ動きを繰り返すのだろう…店主は苦笑しながらも暖めていた言葉を口にする。
「こいつも十分に働いたみたいだな。そっちの剣の滑り止めも換えてやろう。お代はあんたの身の上話。いいだろう? フマクトの剣」
彼の愛剣の滑り止めは彼の指の跡がくっきりと残っていた。汗臭いが良く使い込まれた剣だ。滑り止めとは異なり刀身にはひと欠けの曇りも無い。
彼はじろりと店主の顔を覗き込み、ゆっくりと剣を手に取った。店主は慌てて言葉を継ぐ
「待てよ、何なら酒も出すぞ」
彼は自分で滑り止めを解き、ぼろぼろの滑り止めを右腕に巻きながらこう答えた。
「酒は飲まない。私が酔うのは強敵との戦いだけだ」
そっけないが、彼と始めての(注文以外の)会話はこうして始まった。

「元々私は騎士ではない。遠く離れた異国の地、貴方は知らないだろうがジェナーテラと言う大陸の草原地帯で私は生まれた」
酒を飲まない「フマクトの剣」に茶を入れ、静かに彼に相槌をうつ。
「私がようやく「フマクトの剣」を名乗る事が許され、最初に受けたカルトのクエストが「マスターサムライ」の探索。その途中でこの地に辿り着いた」
「フマクトの剣と言うのはおまえさんの二つ名ではないのかね?」
「違う、私の所属するカルトの司祭は全て「フマクトの剣」と呼ばれる。私の本来の二つ名は「鋭刃」。ここでは呪いも使えないようだが」
「司祭って…おまえさん剣士だろう?」
「私の祖国では呪いは魔法使いだけのものではない。生活に呪いは欠かせないし、生きることは呪いと共生する事とも言える。
そもそも私の神は死と真実の神フマクト。フマクトは呪いだけではなく剣の技も使徒に与える。フマクトの司祭は最も良き剣の技の師と言われている」
「おまえさん…異教徒かい?」
「安心しろ、山羊を生贄に捧げて悪神の降臨を願ったりはしない」
店主はここに来て初めて「フマクトの剣」の笑顔を見た。どうやら心まで鉄で出来ている訳ではないらしい。
「フマクトの教えでは死を弄ぶ物、死を冒涜する物を滅ぼす事になっている。ここで言えばアンデットの破壊やゴーレム類の破壊が神の御心に沿う行動になるだろう。それ以外にも人に害悪を及ぼす存在には下向きの剣を突きつける事になると思うが」
「で、何であんたは鉄の剣に拘るのかね?」
「私の生まれた地方では鉄の剣は少ない…限られた存在…ここに住むドワーフとは異なる種だと思うが、我々の言葉で「モスタリ」と呼ばれるドワーフの一族が極めて少量の鉄の武具を作っている。そしてその高額な鉄の剣を新しきフマクティーに渡すのが「フマクトの剣」の勤めだ」
「宗教上の理由か」
「それだけではない。私はこの地の騎士達に先輩として剣と教えを授けている。宗教とは関係なく。
騎士、いや戦士として最も大切な徳目は「意志を曲げぬ事」特に外からの干渉で意思を変えてはならない。
このダマスクスは曲げず曲がらず決して損傷する事がないという。私が与えたこの剣によって、己の心もダマスクスの様に強靭な物として欲しい」
「大層な理由だな」
「宗教家だからな」
互いににやりと笑うとフマクトの剣は話を続けた。
「男の心は鋼にも似て磨かねば曇り、涙に濡れれば錆び付いて行く。また、錆び付いた鉄も炉にくべて鍛えなおせば新たな鋼となって再生する。男は常に心を磨き、心が錆び付いても鍛えなおして新たな鋼として再生するべきだ。その教訓をこの剣に託している」
「不屈の精神ね」
フマクトの剣は傍らにおとなしく座っているドーベルマンを見て、腰を浮かせた。
「ラファールが戦いを求めている。そろそろ行こう」
「最後に…もし良ければ、おまえさんの呪いを一つ教えてくれないか」
「いいだろう…呪いの言葉だけだが
真実と死のルーンの主がここに宣言す
我、汝の肉と共に魂魄を切り離し、常闇の中、静寂の中に汝を留め置く
速やかに去り、死のルーンと共に永劫の眠りにつけ!
霊魂放逐

閑静な店内に似合わない低い声。
呪いを唱える「フマクトの剣」には何か荘厳な気配が漂っていた。死を与える鉄の剣の主は犬を連れ、新たな戦いに赴いていった。
また彼は敵を討ち滅ぼし、下向きの剣のルーンの下に霊魂の安寧を計るのだろう。
異教徒ではあるが、どうやら悪神ではないらしい。次に彼が来る時には今の呪いを刻んだ刀身を用意してやろうと思う。
店主は店先に「Closed」の看板を掲げ、在庫の棚から暫く使っていないダマスカス剣を手にし、旅支度を整えた。
いつもは店にある「刀」を愛用している店主ではあるが、今度の仕入れの旅ではダマスカス剣を使って見ようと思う。
なに、異境の神だがフマクトの恩寵があるさ。